「狩り」と「CURRY」

「狩り」と「CURRY」

2020年7月29日
考えること。

前回の記事からのつづき】

「モーニングカフェアヲハト」というベーグル屋さんがあって、あるとき、初めてそのお店を訪れた。

不思議とそのときのことは鮮明に覚えている。

カウンター横のソファに腰掛け、ベーグル二つと、温かいスープのセットを注文。

店主さんとは、お店を訪れる以前にお会いしたことがあって(「お会いした」と言ってもイベントに出店されていたときに、お客としてチャイを買わせていただいただけなのだけど…)、そのときに知った、“アヲハト”という店名がすごくいいなぁという印象だけが強く頭に残っていて、その記憶に引き寄せられるように足を運んだ。

そのイベントのときはとても寒くて(会場が標高の高いところでの開催だったこともある)、しかし、その分温かいチャイが劇的に体に染み入って、ベーグル屋さんというよりむしろチャイ屋さんという感覚でお店に行ってみたら、これまたベーグルが美味しすぎて驚いた、という記憶まで詳細に蘇る。

お店にお邪魔したときは、外が小雨だった。

もう冬ではなかったけれど、肌寒くて、やっぱり温かいスープが体に染み渡った。

しばらくすると店主さんが、

「こんなことをやっているからもしよければ」

とお話をしてくださって、これからの農法とか農業を考える、みたいな集いだったかな、

そんなお話を聞いたあと、壁際に並んでいた本棚に目をやったときに例の本と出会うことになる。

「ゆっくり、いそげ」というタイトルだけ、どこかしらかで耳にしていたようで、

「あ、この本…」

とすっと目に留まった。

じっくり読むこともなくパラパラとめくり、すぐに棚に戻してお店をあとにした。

のだけど、やっぱり気になって、自宅でパソコンを開き、注文ボタンをクリック。

ここまでが、“出会い”のお話。

今になって振り返ればだけど、おそらくこの時点から、ぼくの意思みたいなものは”自分が今いる現在”という、そのときの“未来”を向いて動き始めていたのだと思う。

今回の記事のタイトルにした、「狩り」「CURRY(カリー)」

誰が何と言うと、全くもって、駄洒落である。

どうしてこんな駄洒落を突然思い出したのか、それをこれから書いていきたいと思う。

結論から先にお話しすると、「HIBI CURRY」というお店をオープンさせることになった。

もう、今週末にはお店に立っていることになる(いつの間にやら、なってしまった)。

オープンと言っても、ゼロベースからお店をつくったわけではなくて、既にあるお店のスペースを間借りさせていただく形。

その“既にあるお店”というのが、冒頭ででてきた“モーニングカフェアヲハト”さん。

ぼくが「ゆっくり、いそげ」を初めて手にとった場所。

HIBI CURRYが始まるまでのお話を、

少しずつ進めていこうと思うのだけど、いまだ、まとめきれる自信がない。

実は、近くにいる人にもあんまり話してはいないことが多い。

それは、後ろを振り返れってみれば、すさまじいほどの偶発的な出来事の連鎖だった。

これまでの人生において打ってきた点が、いや、打ってきたというと能動的かつ計画的に遂行した印象を与えてしまうけど、意識的に打ったつもりもない。

ほとんどが、そのときの直感が働く方へと動いていきた結果だ。

それらが急速に、着実につながっていく感覚が明確にあって、鳥肌ものだった(すでにつながっていたことにこの段階で気が付いた、という方が正確だろうか)。

感覚的な話なので、どうしても抽象的な、曖昧模糊な表現や内容になってしまうのが申し訳ないけど、

以降は具体的な経験と、そのときの行動を軸に進めていこうと思う。

(つづく)