白と青

白と青

2020年6月18日
食べること。

このあたりは昔、と言ってもほんの少し前の話であるけど、
「養蚕」が盛んで、いたるところに桑畑があった。

「お蚕様が桑の葉をむしゃむしゃ食べる下で寝かされたもんだ」

という話を、お年寄りの方からよく聞く。

その当時、養蚕が一大産業であったから(今はもう廃れてしまったが)、
その名残で、桑の木がちらほらと見られる。

大半は伐採されて、スギ・ヒノキ林になっているか、あるいは栗の木林になっている。

そして、5月~6月頃になると、実をつける。

養蚕業において、繭を生成し、役を終えた蚕たち(このときはもう蛹だ)は、
“絹っ子”としておやつ代わりに食べられた。

養蚕をやっていた家の、その子どもたちは、当然食卓に並ぶ絹っ子を目にもするし、
平気な人は食べてもいたのだろうけど、やはり苦手だという人も少なくなかったようだ。

代わりに、蚕たちの餌になる、桑の木がつける桑の実をおやつとして頬張った。

「学校の帰り道に桑の実をとって食べては、口と手を真黒くしたもんだ」

なんて話も、これまた年配者からよく聞かされる。

赤い実は未熟な実、黒紫の実は完熟している

桑の実は完熟すると、黒紫色になる。果汁も同様の色素で濃いから、色素沈着して手や口が真黒くなってしまう。

赤い実はまだ未熟なもの。食べるとかなり酸っぱい。

黒く熟せば、すっきりした甘みが出てきて、酸味はなくなる。

桑の実を、梅酒をつくる要領で、氷砂糖につけこんだら桑の実シロップができるのではと思いつき、
早速採取してきた。

が、まばらにある桑の木からは、まとまった量を収穫することが難しい。

ひとまずジャムにしてみようと思う。

蚕は、高価な絹を生み出し、食用としても重宝され、加えて彼らの餌だった桑の実は子どもたちの小腹も満たしていた。

“お蚕様”と呼ばれていた意味が少し分かってくる。

蚕が上で食事をし、その下で人が眠る、という位置関係も、
それとなく蚕と人の関係性を示唆していておもしろい。

とは言え、人は蚕そのものも食べていた。

“さま”をつけるくらい、少なくとも、そう呼んでいる瞬間は自分たちよりも位を上に見ている対象を食べる、という行為は日本人の精神性をよく表しているような気がしている。

何を“一般的”とするかはよく分からないが、

“さま”という敬称を付与する場合、それは例えば神様であったり、あるいは敬うべき相手だったり、自分よりも上位の存在であることが多い。畏敬の念を込めていることになる。

宗教においても、“神聖”とされる生きものがいて、崇め奉られるわけだけど、
その生きものを食べようものなら重罪。禁忌なのだ。

でも、お蚕様は食べられてしまう。

同じ“さま”であるけれど、この違いは何だろうかとうすぼんやり考えていたら、
ひとつの答えが出てきた。

おそらく、畏敬の念に由来する“さま”ではなく、
“お蔭様”あるいは“さまさま”からくる“お蚕様”なのだと思う。

どちらかと言うと、「ありがたい」という感謝の意に起因する“さま”。

当時、絹(生糸)はかなりの価値があったらしいから、それを生み出す蚕自体もかなり高値で取引された。

故に、お蚕様の経済的な意味での価値も高かったわけだし、それに加えて、
お蚕様の働きぶりのおかげで暮らしを成り立たせていくことができる、という側面も多分にあったはずだ。

自分たちとはかけ離れた存在として定義づける“さま”ではなくて、
生活の中で、実感を伴う形で、“さま”付けしていたのだろう。

その道筋でいくと、お蚕様を“食べる”ことにもじんわりと理解が湧いてくる。

“もったいない”ことにはしたくないのだ。

養蚕業が廃れ、お蚕様を飼っている家はもうない。

桑畑も姿を消した。

それとともに、“お蚕様”の精神もなくなってはいないだろうかと、考えてしまう。