古道を歩く【谷京(焼尾)峠】③

古道を歩く【谷京(焼尾)峠】③
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【導入】前回の続き

“古道”という言葉は、積み重なった時の重みを感じさせるとともに、その道が紛れもなく過去の存在であるという事実と、“時が止まっている”というある種の寂寥感を抱かせる。ところが、リスの食痕やタヌキのため糞、イノシシのヌタ場を辿り、“獣たちがこの山で暮らしている”という実感を得ると、この道の時間は実は止まってなどいなくて、今なお刻まれ続けていることに気付かされる。

【登→下】

馬頭観音

峠の折り返し地点に到着すると、木で組み立てられた鳥居、漢文の文字が掘られた石碑、そして三十三体観音像に出迎えられる。鳥居を構成している木はひどく朽ち果てていて、崩れ落ちるのも時間の問題という感じだった。三十三体観音像は、名に違わず、33体の石仏がずらりと並んでいて(風化しているものもあったがそれらも含めて33体らしい)、その光景が視界に入ると、安堵感がにわかに込み上げる。中には途中で見かけた馬頭観音もあった。こちらの馬頭観音は3面を有し、どちらかというと厳かな表情をしていた。石仏の表層には苔が繁茂していたが、苔のむした状態が“時の経過”を具現化したような衣となっていて、もはや石仏の一構成要素になっていた。

このポイントで昼食をとることにした。平澤さんはソロストーブを持参されていて、マッチやライターではなくファイヤースターターで火種をつくり、そこらにある落ち葉、枯れ枝、松ぼっくりを燃料として火を熾した。「ココに在るモノでやりくりする楽しみ」というフレーズが頭に残る。火遊びは無条件で楽しい。何故なのかは分からないけど、幼少期のある時期、火熾しにはまり込んだことがある。その辺に転がっている石と石を打ち付けて火花が散る様を楽しんだり、虫眼鏡で太陽光を集約して紙を燃やした。摩擦で火を熾す方法も何度も挑戦したが結局一度も上手くいかなかった。もちろんライターやマッチという、ほぼ失敗なく火を得られる便利なツールがあることは知っていたけど、あえて使わなかった。子供ながらに、なんだかルール違反な気がしたからだ。「ちょっといけないことをしている」という感覚の中で、わざわざ遠回りをして火を得られたときの優越感と高揚感がたまらなく好きだった。そんなことを思い出しながら、大きくなる火を見つめる。

【感覚と視野】

熾した火でお湯を沸かし、その場で挽いた豆でコーヒーも淹れてくださった。沸いたお湯を注ぎ、ゆらりと漂ってくるコーヒーの香り、それが山の中に流れる空気感と混ざり合って、心地がよい。ここまでの道のりを歩き、そしてまたここから歩き始める、その“狭間”という刹那感がこのひととときをより一層引き立ててくれている。

コーヒーを啜りながら、こんな話を聞いた。
古道歩きをしていると、途中分岐点があったり、古道なのか、それとも獣道なのかの判別がつかないポイントにでくわしたりする。そんなときは、目で見ても判断がつかない。ではどうするか。

「足裏で道を感じながら歩く」

古道には長年人や牛馬の往来で踏み均され、踏み固められた“かたさ”がある。一方で獣道にはそのかたさがない。人々の往来の歴史が“地面のかたさ”という尺度で蓄積されていて、その感触を足裏で確かめる。「なるほど」と思った。狩猟における自分の五感の使い方を振り返ってみると、とかく視覚からの情報に頼りがちだ。けれども、それ以外の感覚器官(聴覚・嗅覚・味覚・触覚)から得られる情報は多分にあるはずなのだ。自分がそれらを感受できていないだけで。“足裏で感じる”こともそうだ。足裏は人体の中で最も敏感に圧力を感じられる器官と言われている。かのレオナルド・ダ・ヴィンチも「足は人間工学上の最高傑作」と例えた。だから人間は二足歩行が可能だし、重力が働く中でバランスを崩すことなく複雑な動きをこなせてしまう。視覚的な視野ではなく、五感で以て、感覚的な視野を拡張すること。周囲に広がっている全体性を感じ取る能力を身につけていくことが、これからの自分には絶対的に必要だと思っている。それは狩猟における「殺気」と「全体視野(五感で獲得する視野のことを勝手にそう呼ぶことにした)」の話につながってくるが、それは長くなるのでまた別の投稿で触れることにする。

【終点へと向かう】

ヤマコウバシ

ヤマコウバシという落葉低木。漢字と書くと“山香ばし”。その名の通り、葉を一枚手に取って軽く揉むと仄かに鼻に抜ける香りがある。何の香りに近いだろうか。それもそのはずで高級爪楊枝の素材や、焼酎漬けで使われるクスノキ科のクロモジの仲間だそう。ヤマコウバシについているのは枯れ葉なのだが、冬場でも葉を落とさない。枯れ葉の付け根から新芽が芽吹く準備をしていて、芽吹きのタイミングで一斉に葉を落とすそうだ。さらに面白いことに、雌雄異株であるが国内には雌株しか存在していないらしい。じゃあ雌株だけでどうやって繁殖したのかという疑問が生まれる。 同様に新株の発芽時期や発芽の要因などについてもどうやらそのメカニズムは解明されていないらしい。

下りの残り半分ほどはヒノキの植林地帯を通るルートだった。鹿の食害防止のビニールテープが巻かれたヒノキが斜面一面に並んでいる様は、いつ見ても「異様だな」と思う。針葉樹が植林された山の中にいると、鉄筋コンクリートのビル群が頭に思い浮かぶ。山の中にいるはずだけど、自然の中にいる感じはどうしてか全くしないのだ。だから僕は針葉樹の植林地帯の中にいるのはあまり好きではない。“つまらない”と言った方が適切かもしれない。都市部にいても、山の中にいても、一見すると対極に位置する両者ではあるが、「人間の都合を第一に据えた均一的かつ統一的な管理システム」という性格が双方に溶け込んでいる事実を痛感する。

古道歩きの終盤、終着点手前で、小動物の頭骨の残骸が落ちているのを見つけた。不思議なことだが、山の中で獣の死骸を目にすることがない、という話をよく聞く。というか、僕自身は山で一度も獣の死骸に遭遇したことがない。獣たちは一体、いつ、どこで、死を迎えているのかという疑問をずっと抱いている。きっと獣たちの死体は小動物たちに貪られ、残滓には虫がたかり、腐敗が進行しながら微生物たちによってさらに分解されるのだろう。ひとつの生物としてのエネルギーの塊は分散し、やがて他の生命や土壌へと受け渡されていく。狩猟は獣の命をもらうことで成り立つ営みだ。言い方を変えれば、“奪う”という行為なくしては狩猟は不可能である。そんなことを考えるようになってから、“奪う狩猟”ではなく、持続可能であるための“与える狩猟”は在り得るのかと自問自答し続けている。何事においても奪う行為を続けていては破綻を招いてしまう。頭骨の残骸を手に取り、自然の中における“死”と“循環”と“再生”を感じながら、“与える”という文脈においては、「自然の摂理からなるべく乖離しないこと」が必要条件である、ということを知る。何故なら自然は常に与え合いの仕組みの上にあるからだ。