歩けども、獣にはあたらず。

歩けども、獣にはあたらず。

2020年12月8日
未分類

先週末、カイと猟へ。

新しい山に入った。南向きの山腹に燦燦と陽の光が当たり、広葉樹と針葉樹、それから竹林が入り混じる山だった。

鉄塔道が稜線伝いに続いていて、歩きやすい。

しばらく歩くと、萱が生い茂る平らな場所に猿を捕獲するための地獄檻がいくつか設置してあった。

背丈以上に繁茂するそれらの中に、突然姿を現す金属製の檻の存在感はなにか異質で不気味だった。

檻の中にも、萱が進出して生い茂っているから、檻のフェンスはこっち側と向こう側を隔てる壁のようにも見える。

猪は萱の中に寝屋をつくる習性がある。しかもここは南側の日当たりの良い場所。

寝床をこさえるには好条件だ。

カイも何かの気配やにおいを感じ取るからか、さっきから忙しなく動く。

それでも萱の中に分け入って探索することはしない。

まだ猪に対峙したことはない。だからきっと猪がどんなにおいを持つ獣なのかわからない、そもそも猪とは何ぞや、という段階だ。

だから探索するもなにも、そのしようがないのだろうか。

あるいは、なにとも知れぬ気配を感じ取っているから、むやみやたらに彼らのテリトリーに踏み入ることが躊躇われるのだろうか。

挙動や表情を見ている感じでは、後者のように思える。

結局それは、ぼくも同じであるからかもしれない。

初めての山で、初めてのシチュエーションで、

「もし足元も見えぬこの中に猪が寝ているなら…」

と不安と恐怖がよぎるからずかずかと入り込めない。

人も犬も同じだな。

猟犬は主である猟師以上にはならないというのが通例で、全くその通りだと思う。

好奇心半分と戸惑い半分で前を行くカイの姿から、自分の力量のなさを痛感する。

結局、萱地帯の周囲をぐるりと回りつつ、そこからさらに足を伸ばして山の東側、北側、西側へと渉猟した。

北側には、昔、田んぼであったであろう広い一帯があって、獣のヌタ場になっていた。

鹿の痕跡も、猪の痕跡もどちらもあった。

明け方近くに忍びでこちら側に来れば、出会える可能性は高い。

そして、西側に伸びていく尾根は二股に分かれていて、西側奥の尾根の南向きの緩やかな斜面。

そこには落葉広葉樹が生育していて、葉を落とした木々を透過して太陽光は降り注いていた。

人間であるぼくにも「あたたかくて昼寝したくなるような場所だな」と思えた。

案の定、猪の痕跡があった。

けれど獣にはあたらない。

あくまで感覚だけの話だが、獣たちが過ごす生活のタイムスケジュールを後追いで巡っている気が、
とてもする。

あと2~3時間早くここにくれば獣がいた、という感じ。

これだけ痕跡が見つけられて、これだけ歩いているのに、一頭も出会わないことを考えると、

一体彼らは山のどこにいるのかといつも不思議に思う。この山のどこかには間違いなくいることは分かるのに。

時折、カイが耳をピンと立て、針金が入ったかのようなこわさで尾を伸ばす。

リクと渉猟していたときの、彼のいつもと違う雰囲気を悟れず、目の前にいた猪を逃した苦い経験がいつも頭をよぎる。

そのときは「まさか」という油断が招いた結果だった。

だから、カイがそういう素振りを見せたときはぼくも気を引き締める。「まさか」を疑う。

カイの注意が向く先から出たのは、一羽の雌のヤマドリだった。丸々とした体だった。

ぶるるるるっと羽を羽搏かせて飛んでいく。狙いではないので撃たない。

目標の獣ではなかったが、カイの勘を内心で褒める。

見上げると、いつの間にか太陽が真上に昇っていた。時計を見ると13時手前。

3時間程歩いたのか。歩けども、獣にはあたらず。

山から下りると、いつもこの時間がやってくる。疲れているだろうに、カイは近くに寄ってこない。

帰りたくないからだ。5mくらいの距離をあけて、こちらの様子を窺っている。頭のいいやつ。

ぼくも疲れているが、最後の遊びに付き合うことにする。でないと帰れないし。

最近習得したスキルは、じっとしているカイの写真をパシャパシャ撮りながらにじり寄るというもの。

ファインダー越しだと、カイも何をやっているんだと油断するからか、それともこちらの意図を悟られないのか、意外と近づくことができる。

帰宅すると、リクが待ちわびた様子で小屋から出てきた。帰宅したカイと取っ組み合い。

もうカイの方が大きくなってしまった。いつの間にやらだ。

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