狩猟をやる理由

狩猟をやる理由
gen

先日、「狩猟をやる理由」というテーマ設定で、自分の思考を観察するワークをやってみた。

現在読み進めている、

「言葉にできるは武器になる」

という梅田悟志さんの著書が非常に興味深く、今回行った思考観察法も本書の中で紹介されていた。

ブログを通して「伝える」ことを選んだ以上、その価値を生み出す要は言葉だ。

加えて、「日々狩りブログ」の性格を考えても、

定型的な文章で構成されるハウツーorアフィリエイト的な方向性ではないな、ということは分かってきた(経験談と事実に則した「おすすめ」話はある)。

どちらかと言うと、哲学的な、正解のない問いをずっと提示し続けるような、万人受けしうる内容ではない。

であるならば、ブログの核を担う「言葉(文字)」が読んでくださっている人にまずは伝わらないと、全く意味のないもになってしまう。

そして伝わったその先で可能ならば納得、理解、共感というところまで到達したい。

ということで手に取ったこの一冊が個人的にはかなり良かった。

「思考」を「内なる言葉」として捉える

入れ替わり立ち代わり止めどなく溢れてくる思考。日々無意識に人は思考を働かせている。

僕がブログで記事にしている内容も、言ってみれば思考の産物で、

ここでアウトプットしているという意味では多少は思考と向き合い、整理しながら過ごしているのだと思う。

ただやはり、記事を書いていてもなかんか内容がまとまらず、

出来上がってはみたものの文章は雑然としていて、結局何が言いたいのか読み返しても伝わってこない、

ということが多々ある。

書いた本人が読んで伝わってこないのなら、他者に伝わらないのは当然のこと。

本書で終始強く訴えているのは、

「外に向かう言葉(=知識的な言葉)を身につけて磨くのではなく、まずは内なる言葉(=自分の中に溢れる思考)を観察し、それらの解像度を上げることから始めよ」

ということであった。

話す・書くなど、最終的にアウトプットされる言葉の源泉は自らの思考であり、普段から意識的に思考を観察し、それらの輪郭をはっきりさせる(現れては消える思考ひとつひとつを客観視する)習慣を身につけておけば、自然と伝わる言葉が醸造されていくということだろう。

たしかに、自分の中で考えがまとまっていないことを言葉にしようと思っても、
相手に伝わる形ですっと出てこない、という経験はよくある。

そういうときは、頭の中で考えを整理したり、ノートに書きだしてまとめたりしてようやく輪郭を帯びてくる。

ざっくり言うと、その工程を常日頃からこまめに行う、ということだ。

思考サイクルの習慣化

今回行ったワークの内容はざっくりと以下の通り。

①解像度を上げたいテーマをひとつ決める(課題設定。例えば、「これからどう生きたいか」「やりたい仕事は?」「結婚に求める条件」など。)

②設定したテーマについて頭の中に浮かぶ思考をひたすら紙に書く

③出し切ったと思ったら何となく似ているジャンルごとにグルーピング

④グルーブごとに名前を付ける

⑤再度、グループ化された思考を客観視して出てくる思考を付け足していく

この①~⑤が本書で「思考サイクル」と呼称されていたものだ。
さらに細かいワークの原則・やり方はあるが、ここでは割愛。

僕は「狩猟をやる理由」という課題設定で①~⑤の手順をやってみたところ、こうなった。

枚数の多いグループは思考の厚みがあるジャンルで、際立っていてなおかつ強みにもなり得る部分、逆に枚数が少ないところは思考が薄いジャンル、つまり自分に欠けている視点でもある、ということだ。

実際に書き出してみると、結構思考の癖があることが分かる。

「生き方としての狩猟」次いで「狩猟を通して学ぶこと・感じること」グループの思考に厚みがあり、
やはり哲学的な物事の捉え方をする傾向にある。

「自分らしい生き方」「道理に沿うかどうか」「狩猟に求める精神」とかそんなところ。

一方で、義務や責任というような方向への思考は薄い。

たしかに、自分の性格や言動を振り返ってみても、
他者から強制されること、時間や行動などの自由を奪われることには敏感に反応する。

この結果が良い悪い、という話ではなく、
自分はそういう思考タイプである、ということをまず認識することが重要なのだろう。

ここから2~3日寝かせて、一旦頭の中をリセットした後、
改めて見返して、今度はここに出そろっている思考とは「逆の視点「」「第三者の視点」など様々な角度から自らの思考を観察することで方向性の幅を広げ(写真の思考サイクルでいうと横に広げ違うジャンルのグループを増やしていく)、そしてそれぞれのグループについて深める(なぜ?それで?本当に?という三つの問いを一枚一枚の思考に投げかけ、グループごとに縦に枚数を増やしていく)。

このプロセスを踏むことで、
自らの思考に「幅」と「深さ」を持たせていくことができる。

実際にトライしてみて実感できたが、
思考の半分くらいは表面化することもなく自分の中で見えなくなっていく。

おそらくそれが無意識的に行われている思考の取捨選択であり、癖なのだろう。

断片的な思考のひとつひとつをアウトプットしていくことによって、
数珠繋ぎ的に見えなくなっていた思考に触れることもできた。

また自分に足りていない視点にも気づき、それに対しての思考も深めることができる。

これはかなりいいトレーニングになりそうだ。