夏を知らせるキノコ

夏を知らせるキノコ

狩りのこと。

休日の朝、近所に住む人の、玄関の戸を叩く音で目を覚ます。

何事かと思い外に出ると、

「道の真ん中でハクビシンが死んでるから片付けてほしい」

という、なんともまぁ、清々しい朝とは程遠い話題で一日が始まった。

連日の止まない雨、しかも、けっこうな雨量だから、あちこちで土砂崩落が起きている。

河川の氾濫も可能性としてはある。実際に九州では、集中豪雨による大洪水が起こっていた。

そんな物々しい世の状況を知ってか知らずか、慌てて道に飛び出してしまったのだろう。

現場を見に行くと、車に轢かれて胴体の潰れたハクビシンが道端に横たわっていた。

有害駆除で捕獲した個体の死体や残滓は、山中にて規定に沿った穴を掘って埋設するという基本原則がある。

ただ、山で死を迎えたケモノたちは、まさか自ら墓穴を掘って、お行儀よくその中で死ぬ、なんてことはしないだろう。

死んだら、地上に横たわる。

ネズミなどの小動物が死骸を貪り、烏が群がり、蠅がたかり、蛆が湧き、最後は微生物によって細胞レベルで分解される。

本来は、多分それでいいのだと思っている。

そうやって、なるべく多くの他の生きものたちにエネルギーを分け与えるように、朽ちていくのが。

自然のそういった分解の仕組みというものは本当に緻密に構築されているな、といつも思う。

生きものの種によって、“食べる”タイミングが絶妙にずれているのだ。

人は腐敗した肉を食べられない。けれど逆に蠅や蛆は腐敗していないとたからない。

ネズミなどの小動物たちも、ケモノの命が尽き、蠅や蛆が湧く前までの段階で分解作業に参入する。

事前に示し合わされた工程表に沿うように、死体の分解作業がこなされていく。

だから、というのか、勝手な想像でしかないのだけど、
その工程をなるべく乱さないようにと思っている。

そういう思いもあったので、ハクビシンを山に置いてくることにした。

ついでに、供養の意味も込めて手を合わせた。

アカヤマドリダケ。傘はだいぶ開いてしまっていた。

ふと目線を先にやると、かなり目立つキノコが一本だけ生えていた。

アカヤマドリダケだ。

ヤマドリダケ(イタリア語でポルチーニと呼ばれるきのこの最高級種)の近縁種で、とても香り高く、風味豊かな夏のキノコだ。

色味とカサの広がった姿が山鳥に似ているところから、この名前が付けられたらしい。

このキノコは“ハクビシンからの贈り物”ということにしておく。

今日はアカヤマドリダケをクリームパスタにでもして、いただこう。